新たな幸福の舞台: アソシアシオン、シンフォニシティ 


ぼく(曲りなりの理系)の文科(特に政治や経済)の先生になってくれているNH氏は33歳の実業家だ。ちょうど20歳年下だけれども教えられることは少なくない。例えばJSTの北澤理事長の持論「第4の価値」を話題にすると、間髪をおかずフランスの社会学者ロジェ・シューの本を紹介してくれる。


シュ―の「アソシアシオン(参加と連携)」の経済では、「商品供給」ではなくて本当の意味の「社会的需要」が新たな出発点に据えられている(唯一の和訳本の175頁)。そうした文脈やソコココの表現が今から20年前の本とは思えないくらい新鮮だ。ドラッガーのように新著が次々に翻訳されていないのが残念。



「アソシアシオン」を、見田宗介氏の「交響体」あるいは「交響体の連合体」の図式に当てはめることで更に解像度を上げて見てみると、このアイデアの<未来を拓いてくれそうな雰囲気>がいっそう高まる気がする。


見田先生の「交響体(シンフォニシティ)」は、旧来の「共同体(コミュニティ)」の概念にとらわれないので(否定せずに自由度高く遥かに乗り越えるので)、例えば「単独者」が活き活きとした存在感をもつというところがステキだ。
単独者は、交歓と尊重を基盤に宿命を越えて「交響体」の一員となりうる点で、またニュートラルゆえに「交響体-間-連合」のエンジェル的な役割を担いうる点で、「交響体の連合体」からなる世界を舞台にしてダイナミックに活躍していける可能性を持っている。(単独者は「他者性」が顕在している故に象徴的なのかも)



シュ―や見田や北澤のビジョンに共感したなら、そのうえで・・・自分は何から始めるか? それがクエスチョン(?マーク)だ。


「?-解決」の道の上で、自分がどんな attitude でいればいいかだけは、今でも、分かる。「機嫌がよいこと、丁寧なこと、親切なこと、寛大なこと」 実はコレ、三木清の幸福論からの借用。アソシアシオンやシンフォニシティの考え方に、とてもフィットする気がして引用させてもらった。三木さんの格言の続きは「・・等々、幸福はつねに外に現れる。・・・幸福は表現的なものである。云々」




Rev.[web・2010/11/26-29・KB31TKS]